Author Archives: Yang Xiao

高尾山!!

 

先週の火曜日私達ミドビリー留学生は、秋山先生と山口先生と紅葉を見るために高尾山に行きました。初めに江田先生もいらっしゃいましたが、お帰りになりました。

高尾山は500mぐらいで高くないけれどリフトに乗りました。高尾山の頂上で色々な面白いことをしました。

懺悔、懺悔、懺悔

まず懺悔の石をさわりました。そして清めのお水で手を洗いました。その後神社でお祈りをしました。もっといい人間になるためにこれらのことをしました。だめ人間だから。

そして、富士山が見える場所で昼ごはんをたべました。私はマクドナルドのバーガーをたべました、とっても日本人っぽいと思います。

その後山をおりました。上るのは楽だったけど、下りるのは大変だった。高尾山は500mだけど、下りる道は長かった。なんとかしてだれも死なないでもどってきました。

高尾山の旅行は楽しかったです。

見えないけど、富士山があります。

 

化け物だよ

動物とクジラ

十八世紀はクジラを捕るのは可能だったけど、現代では生物資源をまもるためと人の健康をまもるためにくじらを捕るのは禁しされた。

十は世紀の海にまだたくさんクジラがいた。そうして油をとるために何万ものクジラを捕た。現在ではクジラが十分世紀に対して少なくなった、みらいの子供たちのあめにこの生物資源をまもらなくてはいけない。また研究によるとクジラの肉は健康にわるいレブルの水銀が入っているので食べるべきではない。日本文化にクジラを食べることがあるが二十一世紀になった。今むかしのしゅうかんはわすれるべきだ。

現代で生物資源をまもるためと健康にたいして問題があるためくじらを食べべきではない。

 

人間と馬は特別な関係がある。働きや戦争や楽しみに使った。そのため人間と馬は世界にウニークなえんがある。

国としょとくすいじゅんによって馬の使い方は違いがある。お百姓さんの駄馬は人間と馬がいっしょに大切な食べ物を作って、むかしの経済がぜんしんしかった。車社の時代の前、戦争はまちにも馬が人間をはこんで行った。そうして今でも「セクタリアと」のようなサルブレッドは全国の人々をみりょうしてやまない。馬と人間は家族として生活してきた一方、かまわない人もいる。

人間と馬の関係は長い歴史のぼくそうちで人間がかいならしたスタリオンから現代のサルブレッドまで、この人間と動物の関係がさかえした。

世界の文化と義理人情

現代の世界は世界的な考えかたがある。どんな国に行っても違う文化を見ることが出来る。

日本人がもしニュージーランドに行ったら、様々な違うことが見れる。その国の習慣や一般的なことを見ることが出来る。人々の考え方や英語の使い方など、他の外国と比べて、違うところもたくさんある。

さらにニュージーランド人はまた日本に来て、同じような気持ちが感じると思う。その一方で、同じような文化を見ることもできる。もし日本人が、外国に行って、日本と同じ文化だと思った時じっさいおどろんだろう。でも、逆に、日本人がニュージーランドで同じ文化を見える時もあるはずだ。

今の世界は前ほど大きくなく、国と国で行ったり、来たりできるし簡単に連絡をとれるようになったので、近くなった。

 

今日話し合った日本文化のキーワードを説明しなさい。

キーワード:義理とに人情

意味:義理と人情というのはあたまからのめいれいと心からめいれいの違ういです。

日本で使われている例:ぶしは主をまもるために、自分の子供をころしたことです。

日本文化のキーワードに義理と人情ということばがあるが、そのことばは日本をよく表している。なぜなら、日本文化にわをまもる考え方があるからだ。

例えば、日本人は集団でいる時、全員の感情をまもるために自分の意見を入れない。わをまもることからすると人情じゃないくて義理の考え方を使う。現代の日本で義理と人情のことは昔と比べてきびしくなくなったけど義理は大切じゃないわけではない。

義理と人情は日本文化の大切な部分だ。今はそんなに大切じゃないけど義理がたいんからするとまだ大事なことだ。

 

四季

日本は四季を楽しむのには絶好の国だ。日本人はよく「食欲の秋」、「読書の秋」と言うように、季節によって自分たちの生活様式を変えるという国民性を持つ。最近、東京もやってあきらしい気候になってきたが、私にとって、秋とは「紅葉の秋」だ。それは、ICUのがくえんにはたくさん木がある、秋がきたらこの緑の葉は全部色が変わるからだ。
私の出身地は中国だが、この国の四季は日本のそれと似ている。実は中国の大連の四季はたいてい東京のそれと同じだ。夏は熱いししっけは高いし秋はどんどんどんそずしくなって緑の紅葉する。冬は、時々寒くなって、シベリアの風と一緒に雪も時々降りがちだ。春は一番美し季節だ。きは長い冬のあとで新しい葉をつけて希望にあふれるだる。
毎年春は私にとって一番好きな季節だ。きはすがたをかえ新しい世界になるかのうせいをかんじる季節だ。

私はこのプランの見どころ=>五月の青森はまことにすばらしいです。わが社のツアーは桜前線にある美しい青森の桜をごらんになれます。この一週間で新しいバスにお乗りになって伝統的な日本旅館に行くことができます。お客様は毎日青森の最高な飲食店でおめしあがったり、かんぺきなけいけんをそることができます。今年の五月をわすれがたいようにそるために私たちと青森にいらっしゃいませんが。

Why are There Small Shops in Japan

To authors James Mak and Shyam Sunder, the existence of many mom and pop run shops in every street corner is a part of an idealized vision of the Japanese experience that is held by many foreigners. Originally found in abundance in the latter half of the twentieth century, the numbers of these corner shops have slowly decreased in the face of increased competition from global giants and modern operating techniques. For visitors to Japan, the loss of something so uniquely Japanese is lamentable, however, for those that live in Japan, the competition has served only to decrease prices and increase quality, as stores large and small attempt to attract as many customers as possible.

Visitors to Japan are often well acquainted with the sight of neon lights and the large storefronts of Shibuya or Shinjuku. What is surprising, however, is that these stores are not the norm for Japan. Rather than small collections of supermarkets and hypermarkets owned by a few franchises, Japan is instead serviced by millions of smaller, independently operated shops, found within only a few minutes walk of each other. Unlike the United States, the high population density of every city in Japan meant that although shops may be located only a few hundred meters from each other, the potential customer base was more than large enough for a shop to operate at a profit. The reliance of fresh produce for Japanese cuisine also meant that more trips had to be made, rather than one trip per week, as is common in the US; housewives in Japan visit the store almost daily. When this is combined with the relatively low car ownership rate, shops that were close by were the ideal choice for the Japanese market.

With their economic low barriers to entry and reliable market base, small corner stores that mainly serviced people who lived within a few block radius began springing up across the Japan following the Second World War. With the economic boom and subsequent rise in standards of living, these shops proliferated, resulting in over sixty percent of Japanese retail stores being independently owned. However, the stalling Japanese economy caused politicians to relax the protectionist measures that had before blocked large, international retailers from entering the Japanese market. As regulations were relaxed, bigger international chains, with their lower prices and more efficient operating procedures, began putting pressure on the independent Japanese shop owner. Large retail chains like 7-11 began replacing the small, corner grocery shop with efficient convenience stores known as konbini, while larger supermarkets and American style Megamalls have diverted people from the varied stores of traditional covered shopping streets.

The encroachment of globalization upon a quaint aspect of the Japanese lifestyle has Japanese and foreigners alike aghast at the prospect of another American custom invading yet another country. Since legislation aimed at blocking large, foreign retail chains from operating stores that would compete with the smaller, homegrown shops were commuted in the mid nineties, the number of retail chains has risen dramatically, while the number of small, Japanese corner shops has fallen in tandem. Although this has raised many questions regarding whether the smaller shops, and shopping districts should be protected, the end result for the consumer has been positive from an economic perspective.

While the cost of living in Japanese cities such as Osaka-Kobe and Tokyo are notorious worldwide, the presence of intense competition between the larger retail chains and smaller corner stores has brought prices down overall. At the same time, in order to differentiate themselves, stores have sought to offer better quality items and service. Covered shopping districts in particular have made persistent efforts to attract customers away from the sometimes-cheaper department stores. For the Japanese consumer, this has led to an increased variety of choices and an even better environment to shop in. The same can be seen in restaurants, while large chains offering cheap fare, such as Gyudon, and international chains such as McDonalds, have exploded in numbers, older, more expensive, independently owned restaurants are still a common sight.

The rise of the retail chains in Japan has caused some shops to close their doors. However, corner-shops, independent groceries, restaurants and small shops in general remain a common sight throughout Tokyo. The increase in competition has only enriched the life of the Japanese consumer. While it is lamentable that all things were not as they once were, the caress of nostalgia must give way to the cold hard facts of reality; the presence of large retail chains, and the lower prices, has been a small comfort to a people in a period of economic stagnation.

子供の絵

この二つの絵を見たら、二人はぜんぜん違う人と心理状態があると思う。

まず、この絵の書き方を見ると、この二人の子供は違う文化がある。左の人は現実的な描き方をしているが、みぎの絵はもっとアニメの書き方をしていると思う。そうして絵をよく見ると、左の子供は心理的相談をした方がいいと思う。右の絵をよく見ると、これは子供と母の絵だけど、母のおなかにもう一人の子供がいるから、新しい兄弟がすぐ生まれてくるかもしれない。

絵を初めて見ると、あまり面白いことが見えないけど、よくみると、たくさん面白いことをみることができる。

 

この本文の作者は大人は視覚を大切にするというように述べているが、私は大人は見えないことをもっと大切にする。

作者は「大人にとって、絵を描く時に一番重要なことは視覚」を書いた。そうして、これに対して「ビカン」の例があげた。ある画家は本当に見えることだけを描くことがあるが、見えない物を描く画家もいる。ファンタジーや科学みたいな絵画は現代にもない物の描くことができる。そうして大人のそうぞうはたいてい子供のより強い実際ある大人のそうぞうは何を比べても強いと思う。

大人は視覚のは大切するのはたいてい本当だがすれはまとはずれな一般化だと思う。

ワッパー食べ放題

今日本でバーガーキングはワッパー食べ放題をしている。これはワッパーセートを買ったら30分間ワッパーバーガーの食べ放題ができる。

先週の木曜日に私とリンドさんはいっしょにいった。リンドさんは三つ食べたけど私は二つだけ食べた。これはアメリカで絶対できないことだ。

安かったけどこれは一回しかしないことだと思う。

最後のラグビー

昨日最後のラグビー試合があった。

もちろん私たちが負けたけど、この二月間よく見た「最後まであきらめない」勇気にもう一度感動させられた。

この時間はたのしかった、怪我したしたくさん時間がかかったけど、後悔がない。

 

防災館

日本は世界に地震国と言われている、他の国と違って毎年日本は何千、何万地震がある。今年の三月に九州の東北で日本歴史に一番大きな地震があった、そうして今南東京で東北みたいな大地震はまだ99%チャンスがある。地震防災のために私たちは立川の「防災館」に行った。

この防災館で色々な地震があった時、「自分を守る」手法を習った。

私たちはまず「防災シアター」で地震の映画を見た。この映画は東京で7.0の地震があったら、東京の町はどのようになるかもしれないか考えてくれる。この映画は地震の時自分と自分の家族を守るため何をした方がいいかについてだ。

その後で私たちは「煙コーナー」をした。この部屋で燃焼中のビルに入ったら逃げるために何をした方がいいか学んだ。屈歩くことや口と鼻をハンカチにかぶせることや火があるから暑いドアを開けないことなどんでを習った。

そうして、最後に私たちは「地震体験コーナー」で地震疑似体験をした。この地震体験コーナーでキッチン型な7.0地震シミュレーターがあった、ここで地震が本当にあったら何をした方がいいかを習った。まず体を守るためにテーブルの下に入って、そうして地震が終たらガスを切て、逃げるためにドアを開けることだ。

「防災館」でたくさん面白いことを習った。でもこれは面白いだけではなく、日本に住んでいたら本当に大切なことだと思う。

タタメル物

「クール・ジャパン」の「タタム・グッズ」エピソードを見た時、ばんぐみのおきゃくさんたちは色々な面白い物を持っていた。そうして、水曜日デパートに行った時本当に楽しみにした。でもデパートで色々な店に行ったら、本当に「すごい」と考えさせられた物がなかった。頑張ったらたためるものを三つ見つけた。

始めのは洋服掛けだ。これは外で服を乾かす時に小さい場所でたくさん服を乾かすことができる。

そうして、机の電気も見つけた。たためるし安いからこの電気はへんな場所でもともすことができる。

最後のは後ろから着けるイヤーマフ。これは狭い冬コートのポケットでも持って行くことができる。

たためるものは面白いけど、私が見つけた物はアメリカでも人気が出ると思わない。洋服掛けの人気はアメリカの場所によって違うと思う。はれのカリフォルニアなら人気がでるかもしれないが。机の電気と後ろから着けるイヤーマフはあまり人気が出ないと思。この物は面白いけど、だれにも好きになるものじゃないと思うからだ。